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福岡地方裁判所 平成5年(わ)1017号 判決

主文

被告人橋本純一を懲役六年に、被告人斎藤聡を懲役三年に処する。

被告人橋本純一に対し、未決勾留日数中三六〇日をその刑に算入する。

被告人斎藤聡に対し、この裁判確定の日から五年間その刑の執行を猶予し、その猶予の期間中被告人斎藤聡を保護観察に付する。

理由

(罪となるべき事実)

第一  被告人橋本純一は、平成三年二月初めころ、福岡市中央区大手門二丁目一番三二号潮ビルの福岡エステートホーム株式会社(代表取締役松尾勝)が倒産寸前の状況になっていることを知り、同会社の役職員と称して、その倒産前に購入名下に商品を騙取しようと企て、笠井こと市川章好と共謀の上

一  同月九日午後一時ころ、前記福岡エステートホーム株式会社において、日本電信電話株式会社福岡中央支店社員竹井松子に対し、商品代金支払いの意思及び能力がないのに、「福岡エステートホーム株式会社総務部課長笠井章好」と印刷した名刺を示して、「新しい会社を設立することになり、来賓の御客様に渡す記念品として一種類につき五〇〇枚のテレホンカードを五種類注文したい。」「支払いは月末締めの翌月末の現金一括払いにしてもらえませんか。」などと嘘を言ってテレホンカード二五〇〇枚の購入方を申込み、右竹井をして後日代金の支払いを確実に受けられるものと誤信させ、よって、同月一九日午後一時ころ、右福岡エステートホーム株式会社において、右竹井から、テレホンカード二五〇〇枚(時価合計一五三万八〇〇〇円相当)の交付を受けてこれを騙取し

二  同月一五日午後六時四〇分ころ、同市博多区中洲三丁目七番一五号井上ダイヤモンドビル一階株式会社いのうえ貴金属福岡本店において、同店店員伊東明子に対し、クレジットカード使用の正当な権限も同カード使用に伴う代金支払いの意思及び能力もないのに、いずれもあるように装い、不正に入手したアメリカン・エキスプレスインターナショナル日本支社発行の前記福岡エステートホーム株式会社代表取締役松尾勝名義のクレジットカードを呈示するなどして腕時計一個の購入方を申込み、右伊東をして、被告人橋本らが同カード使用の正当な権限を有し、後日同カードシステム所定の支払方法により代金の支払いを受けられるものと誤信させ、よって、即時同所において、同人から腕時計一個(価格一八二万三一〇〇円相当)の交付を受けてこれを騙取し

三  同月五日ころの午後四時ころ、同市中央区天神一丁目九番二八号株式会社ベスト電器福岡本店一階事務室前において、同店店員三浦敏幸に対し、商品代金支払いの意思及び能力がないのに、「福岡エステートホーム株式会社総務部課長笠井章好」と印刷した名刺を示して、「大濠で販売するモデルハウスの住宅設備品として、テレビ、冷蔵庫、石油ファンヒーターなどいろいろ買いたい。」などと嘘を言ってテレビなど電化製品一四点の購入方を申込み、同月七日午前一一時ころ右ベスト電器福岡本店において、右三浦に対し、代金は翌月に一括払いする旨述べ、同人をして、後日代金の支払いを確実に受けられるものと誤信させ、よって、同月二二日ころ、右福岡エステートホーム株式会社などにおいて、右三浦らから、テレビ、石油ファンヒーターなど一四点(時価合計四一万一八〇〇円相当)の交付を受けてこれを騙取し

四  同月一四日ころの午前一〇時過ぎころ、前記福岡エステートホーム株式会社から同市早良区有田二丁目八番五号株式会社博多ハリカ有田店に電話をかけ、同店店長山﨑利孝に対し、商品代金支払いの意思及び能力がないのに、「私は福岡エステートホーム株式会社の総務課長をしている笠井と言います。新しい会社を設立することとなり、お客様に渡す記念品を選ぼうと思っています。」などと嘘を言い、さらに同月一五日ころの午後四時ころ、右博多ハリカ有田店において、右山﨑に対し、「支払いは月末の一括払いでお願いできませんか。」などと嘘を言ってマルティグラス、バッグなど九五六点の購入方を申込み、同人をして、後日代金の支払いを確実に受けられるものと誤信させ、よって、同月一八日ころと同月二二日ころの二回にわたり、右博多ハリカ有田店などにおいて、同人から、バッグなど九五六点(時価合計一七七万一五〇〇円相当)の交付を受けてこれを騙取し

五  同月一四日午後二時ころ、前記福岡エステートホーム株式会社において、福岡ダイハツ販売株式会社社員大中和彦に対し、商品代金支払いの意思及び能力がないのに、「福岡エステートホーム株式会社総務部課長笠井章好」と印刷した名刺を示して、「会社の事業を拡張するので軽四輪乗用自動車を買いたい。女性社員を乗せようと思うのでオートマチックがいい。代金は三月末に支払う。」などと嘘を言って軽四輪乗用自動車一台の購入方を申込み、同人をして、後日代金の支払いを確実に受けられるものと誤信させ、よって、同月二〇日ころ、右福岡エステートホーム株式会社前路上において、同人から、軽四輪乗用自動車一台(時価七七万八〇〇〇円相当)の交付を受けてこれを騙取し

第二  被告人橋本純一は、前記松尾勝名義を使用してクレジット契約による購入名下に商品を騙取しようと企て、同月一六日午後六時三〇分ころ、同市西区拾六町一丁目七番一号ユニードダイエーアピロス福重店内の銀座ジュエリーマキ福重店において、同店店長高武シゲ子に対し、真実は、自己が右松尾勝ではなく、かつ、代金支払いの意思及び能力がないのに、自己が松尾勝本人であって、クレジット契約によりその代金相当額を支払うもののように装い、同店備え付けの日本信販株式会社のミキショッピングクレジット契約書用紙に右松尾勝の氏名等を記入するなどして、指輪一個をクレジットにより割賦購入したい旨申込み、右高武シゲ子をして、被告人橋本が松尾勝本人であって、右クレジット契約が真正に成立して後日代金の支払いを確実に受けられるものと誤信させ、よって、同日午後九時三〇分ころ、前記福岡エステートホーム株式会社において、右高武から指輪一個(価格二九万九八〇〇円相当)の交付を受けてこれを騙取し

第三  被告人両名は、被告人斎藤聡所有の家屋を焼燬して火災保険金を騙取しようと企て、共謀の上、同年一一月二一日午前零時四〇分ころ、福岡県太宰府市国分五丁目一七番一〇号の川畑好久ら五名が現に住居に使用している木造瓦葺二階建(延べ床面積一六〇・二三平方メートル)において、被告人橋本が、あらかじめ準備した灯油入りビニール袋合計約二五袋を、一階階段下物置、二階寝室の床上など右家屋内数か所に順次置いた上、同家屋一階八畳仏間の灯油の浸潤した畳上、次いで右一階階段下物置内の新聞紙にそれぞれ簡易ライターで着火し、右物置の天井部の階段等に燃え移らせて火を放ち、よって、右川畑好久ら五名が現に住居に使用している建造物を全焼させてこれを焼燬し

第四  被告人両名は、共謀の上、同年一二月一八日ころ、福岡市博多区上呉服町一〇番一号三井海上火災保険株式会社福岡支店博多支社において、先に被告人両名において放火した福岡県太宰府市国分五丁目一七番一〇号の木造瓦葺二階建家屋一棟に付されていた保険金額一億三五〇〇万円の火災保険については、右家屋の焼失原因が被告人両名の放火であるため、右火災保険金の支払いを受けることができないのに、右放火の事実を秘匿し、保険金請求書等の書類を同会社営業係員稗田昇に対し提出して右火災保険金の支払請求をしたが、同会社係員が右放火の事実を知って右火災保険金の支払いを拒絶したため、騙取の目的を遂げなかった

ものである。

(証拠の標目)(省略)

(事実認定の補足説明)

第一  本件家屋の現住性

被告人両名の各弁護人は、いずれも判示第三の家屋(以下「本件家屋」という)はもともと空家であり、一時的に、被告人斎藤の従業員が同被告人の指示で本件家屋に交替で寝泊まりに行っていた事実はあるが、右事実によって、本件家屋が現に人の住居に使用されていたもの(以下「現住性」という)とみることはできないと主張する。

よって検討するに、刑法一〇八条が非現住建造物等放火に比してはるかに重い刑を定め、また、同条が建造物と並べて汽車、電車、艦船、鉱坑をもその対象としていることに鑑みると、同条は、主として人の生命、身体に対する侵害の危険性に着目してこれらの法益を保護しようとしたものとみるべきであるから、現住性が認められるためには、当該建造物が特定人の生活の本拠として使用されていることまでは必要ではなく、日夜人が出入りし、寝起きの場所として用いられていることをもって足りると解するのが相当である。

これを本件についてみると、判示第三の事実に関する前掲各証拠によれば、被告人斎藤は転売目的で抵当権の設定されている本件家屋を取得したが、平成三年九月四日に本件家屋の競売開始決定の通知を受けたことから、被告人橋本と相談の上、右競売手続の進行を妨害し、競落された場合には居住権を主張するため、本件家屋に人が住んでいるように見せかける工作をすることとし、被告人斎藤が経営する有限会社ファーストオートの従業員である川畑好久、松下誠、田上徳雄、チャールス・ニールス・ネルソン、竹田幸治ら五名に対し、交替で本件家屋に泊まりに行くように指示し、右従業員五名が平成三年一〇月初めころ(検察官は同年九月ころからと主張するが、証拠上これを認定することはできない)から土曜、日曜、祝日を除く平日に交替で本件家屋に寝泊まりに行くようになり、右竹田が最後に本件家屋に泊まった同年一一月一六日までの約一か月半の間に右従業員らが合計で一〇数回寝泊まりしていたこと、右従業員らは平成三年一〇月初め以降寝泊まりした日以外の日にも何回か本件家屋に行って、電灯を付けたり、あるいは、被告人斎藤、被告人橋本及び従業員が被告人橋本の愛人であった仲西貴子の荷物を日中本件家屋に運び込むなど従業員らが本件家屋に寝泊まりする以外にも本件家屋に何度か出入りしていたこと、本件家屋の出入りに使用されていた勝手口の鍵は、右川畑及び松下の二名には専用のものが被告人斎藤から各々一本渡されており、その他の従業員は会社の鍵置き場に掛けてある鍵一本を被告人斎藤に断ることなく、必要な都度使用していたこと、本件家屋は住宅として建築されたもので、風呂、洗面所、トイレ、台所にはガステーブル、流し台等の設備があり、水道、電気、ガスが供給されていて、日常生活に最低限必要なベッド、布団等の寝具のほか、テーブル、椅子、冷蔵庫、テレビ、スロットゲーム機などが持ち込まれており、寝泊まりをしていた従業員らはそれらを使用していたこと、同年九月四日以降、新聞が毎日、本件家屋に配達されていたこと、以上の事実が認められる。

以上の事実によれば、本件家屋は日夜有限会社ファーストオートの従業員が出入りし、かつ、寝起きする場所として日常的に使用する建物であったと認められるから、現に人の住居に使用する建物というべきである。

なお、被告人斎藤の従業員に対する泊まり込みの指示が、人が住んでいる外観を作出することにあり、従業員がそのことを知っていたとしても、右は現住性を作出した動機にすぎず、右認定を左右するものではない。

よって、各弁護人の右主張は採用できない。

第二  現住性の消滅の有無

被告人両名の各弁護人は、仮に従業員の寝泊まりによって本件家屋に現住性が備わったとしても、沖縄旅行に行くに際して、被告人斎藤が、平成三年一一月一八日に、泊まり込み当番に当たっていた従業員のチャールス・ニールス・ネルソン及び沖縄旅行には参加しない従業員の村中博樹に対して、本件家屋に泊まりに行かないよう指示したのであるから、右の時点において現住性は失われたものであると主張する。

そこで検討するに、前掲各証拠によると、従業員が最後に本件家屋に泊まったのは一一月一六日であるが、チャールス・ニールス・ネルソンの証言によると、チャールスは沖縄旅行前日の一一月一八日に当番に当たっており、当日チャールスが斎藤に「今日、自分が行きます」(第七回公判証人チャールス・ニールス・ネルソン尋問調書七五項)と言っていることから、チャールスはその日も本件家屋に泊まりに行くつもりであったと認められること、チャールスは斎藤に「行かんでいいぜ、明日旅行行くけん」と言われ、泊まりに行くのをやめたとしており(右証言は、被告人斎藤の司法警察員に対する平成六年一月三一日付け供述調書第三項、検察官に対する同年二月八日付け供述調書第二項、第一〇回公判被告人斎藤の供述調書三一六項ないし三二二項の各供述もチャールスの右供述と符合する。なお、第一〇回公判被告人斎藤の供述調書三二三項に「もう明日から行かんでいいという話をしたわけですか」との弁護人の質問に対し、「はい」との応答があるが、前後の文脈からすると、明日以降は一切泊まりに行く必要がない旨伝えたことを肯定する趣旨とは解されない。)、チャールスが斎藤から受けた指示は、今後は本件家屋に泊まりに行かなくてよいというものではなく、文字どおり翌日の一九日に沖縄旅行に行くため一八日には本件家屋に泊まりに行かなくてよいというものにすぎなかったこと(同証人尋問調書七五項)、村中博樹の証言によると、村中は、従業員が本件家屋に泊まりにいっているという話を聞いていた(第七回公判証人村中博樹尋問調書一〇項)ので、沖縄旅行に行っている際に「留守中に自分が行きましょうか。」と斎藤に尋ねたところ(同尋問調書一一項)、斎藤から「別に行かなくてもいい。」と言われた(同尋問調書一二項)だけで、同被告人が泊まりを強く否定したという状況はなかったこと(同尋問調書一四項)、従業員に対して被告人斎藤が沖縄旅行以後は本件家屋に泊まりに行かなくてよいと明言した事実は認められないこと、被告人斎藤が本件家屋の出入りに利用していた勝手口の鍵を従業員から回収したような事実は認められず、松下誠の証言によれば、松下は、沖縄旅行に本件家屋の出入りに利用していた勝手口の鍵を持って行っていたこと(第七回証人松下誠の尋問調書一九〇項)が認められ、沖縄旅行へ出発する際に五名の従業員が今後は本件家屋に寝泊まりしなくともよいことになったという認識を持っていたことを窺わせる証拠はなく、むしろ以上の事実に照らすと、従業員らは、沖縄旅行後も本件家屋に寝泊まりすることになるであろうとの認識を持っていたものと認めるのが相当である。

従って、従業員らは、沖縄旅行の前後を通じて、本件家屋に寝泊まりする意思を継続的に有していたものであって、本件放火当時において、本件家屋の現住性は失われていなかったというべきである。

よって、各弁護人の右主張も採用できない。

第三  被告人らの現住性の認識

一  被告人斎藤の現住性の認識

被告人斎藤の弁護人は、被告人斎藤の真意は、平成三年一一月一八日以後においては、従業員に寝泊まりをさせないというものであったから、少なくとも、本件放火時においては、仮装の「寝泊まり」の状況は存在しないとの認識を有していたとして、現住性の認識はなかった旨主張する。

しかし、前記第二で認定したところによれば、被告人斎藤は、従業員に指示して交替で本件家屋に寝泊まりさせ、沖縄旅行中は泊まりに行かなくてよい旨指示したにとどまるのであるから、同被告人としては、従業員らが沖縄旅行後も本件家屋に寝泊まりすることになると考えているであろうとの認識を持っていたと認められ、そうである以上、被告人斎藤にはなお本件家屋の現住性の認識があるものというべきである。

よって、被告人斎藤の弁護人の右主張も採用できない。

二  被告人橋本の現住性の認識

被告人橋本の弁護人は、本件家屋は被告人斎藤が購入した時点では、人の現住しない建物であったのであり、被告人橋本は、その後被告人斎藤の従業員らが本件家屋に寝泊まりに行っていたことを知らなかったのであるから、現住性の認識を欠いていたものであると主張し、被告人橋本も当公判廷において、これに沿う供述する。

これに対し、被告人斎藤は当公判廷において、本件家屋に従業員らを寝泊まりさせたのは橋本と相談の上のことであり、それゆえ当然橋本は本件家屋に従業員らが寝泊まりをしていたことを知っていたと供述する(第一〇回公判被告人斎藤の供述調書二六二項、二八一項、二八四項ないし二八六項)。

前掲各証拠によれば、被告人橋本は、被告人斎藤から本件家屋の二番抵当権者大同生命信用保証株式会社の抵当権実行、競売申し立てに関して本件家屋についての善後策の相談を受けており、被告人斎藤とともに大同生命と交渉したり、被告人斎藤方に競売開始決定の通知が来た後は被告人斎藤に、競売されにくいように橋本の名義で一五〇〇万円の抵当権を設定するよう指示したり、人が住んでいるように見せかけるため被告人橋本の愛人であった仲西貴子の荷物を島根から本件家屋まで運ぶなどしていること、競売開始決定の通知のあった平成三年九月初旬以降本件放火までの間、被告人橋本はファーストオートに頻繁に出入りしていたことが認められ、このような状況の下で被告人斎藤が被告人橋本に本件家屋に人が住んでいるように見せかけるため従業員らを寝泊まりさせていたことを一度も話さないとするのはむしろ不自然であり、被告人橋本と相談して本件家屋に従業員を寝泊まりさせることにしたとの被告人斎藤の供述は十分に信用することができる。

被告人橋本も捜査段階ではファーストオートの従業員が本件家屋に寝泊まりしていたことを知っていたことを認める趣旨の供述をしているのであり、これらの証拠によると、本件放火当時被告人橋本はファーストオートの従業員らが本件家屋に寝泊まりしていたことを認識していたと認定することができる。

よって、被告人橋本の弁護人の右主張も採用できない。

(法令の適用)

罰条

被告人橋本について

判示第一の一ないし五の各事実について  いずれも刑法六〇条、二四六条一項

判示第二の事実について  刑法二四六条一項

判示第三の事実について  刑法六〇条、一〇八条

判示第四の事実について  刑法六〇条、二四六条一項、二五〇条

被告人斎藤について

判示第三の事実について  刑法六〇条、一〇八条

判示第四の事実について  刑法六〇条、二四六条一項、二五〇条

刑種の選択

判示第三の罪について   被告人両名について  有期懲役刑を選択

併合罪の処理

被告人両名について    刑法四五条前段、一〇条により、重い(被告人橋本については最も重い)判示第三の罪に同法一四条の制限内で法定の加重

未決勾留日数の算入

被告人橋本について    刑法二一条

刑の執行猶予

被告人斎藤について    刑法二五条一項

保護観察

被告人斎藤について    刑法二五条の二第一項前段

(量刑の理由)

本件は、判示のとおり被告人橋本が取り込み詐欺六件(判示第一、第二)、被告人両名が火災保険金目的の現住建造物等放火(判示第三)、保険金詐欺未遂(判示第四)を敢行したという事案である。

一  被告人橋本の取り込み詐欺について

本件取り込み詐欺は、被告人橋本が倒産間近であった福岡エステートホーム株式会社(以下「本件会社」という)の債権者代表となり、その立場を利用して行なったもので、私利私欲に基づく卑劣な犯行であって、動機に酌むべき点は皆無である。被告人橋本は、暴力団幹部の脅しによるものであると弁解するが、到底信用できない。

被告人橋本は、本件会社が平成三年二月末に倒産確実と知った上で、本件会社が入居していたビルが新築に近く、自社ビルのような外観であったこと、当時従業員が正常な勤務体制を取っていたこと、詐欺の相手方との面接に使用する会議室の備品は一流品であったことを利用し、相手方に本件会社が優良企業であるとの印象を与えるため、共犯者に相手方を本件会社に呼んで商談するように指示するとともに、支払いは本件会社倒産後の三月末の現金決済を約した上、短期間のうちに集中的に敢行するという巧妙な手口を用いており、また、被告人橋本が債権者代表という立場を利用し、知人の暴力団幹部が手足として使っていた共犯者に指図して主導的に行ったものであって、その犯行態様は悪質である。

さらに、本件のごとき取り込み詐欺は、それを模倣した犯罪を誘発するなど社会的影響が大きいこと、被害金額は約六六〇万円以上に上っているところ、被告人橋本が被害弁償ないし現物返還をしたものはわずかであり、共犯者らが行った被害弁償ないし現物返還を併せても、なお、全ての被害の回復には至っておらず、現段階では残余について被害回復の見込みもないのであって、被告人橋本の取り込み詐欺における刑事責任は重いというべきである。

二  保険金目的の放火・保険金詐欺未遂について

被告人橋本は、本件保険金目的の現住建造物等放火、保険金詐欺未遂においても、取り込み詐欺の場合同様、本件会社の債権者代表の立場を利用して、本件会社の代表者の所有する本件家屋を多額の転売利益を得られる旨持ちかけて被告人斎藤に売却した上、結局本件家屋の転売に困った被告人斎藤が被告人橋本に善後策を相談したことを奇貨として、存在しない放火のプロ集団を仮装し、放火のプロに対する報酬名目で被告人斎藤から金銭を騙取しようと企て、被告人斎藤に本件家屋に多額の火災保険をかけて放火し、保険金を取得する以外に策はない旨執拗に説得し、知り合いのプロに放火の手付金として五〇〇万円を立て替えて払っていると虚言を用いて、未だ決心つきかねていた被告人斎藤に最終的に保険金目的の放火を決意させ、自ら本件家屋に放火したものであって、動機に酌むべき点は見出し難い。

被告人斎藤も、被告人橋本の執拗な説得と放火のプロに手付金を払った、もう引き返せない旨の被告人橋本の虚言にのせられて本件犯行を決意したとはいえるものの、結局は本件家屋を転売できたならば得られたであろう利益を得たいという私利私欲から本件犯行を行ったもので、動機に酌むべき点は少ない。

被告人橋本は、前記のように被告人斎藤に保険金目的の放火を決意させると、放火のため、自らポリ缶、灯油を用意するだけでなく、知人や被告人斎藤にもその依頼をし、準備したポリ缶入り灯油を事前に本件家屋に運び込み、灯油をビニール袋二五袋ほどに小分けしておくなど周到に準備し、さらに、消火活動が少しでも遅れるように、被告人斎藤とともに、事前に消火栓、消火水槽をボンドで固め、犯行の際には、指紋が残らぬように、セーターの袖口を引っ張り手のひらを包んで勝手口の鍵を開け、屋内に入り、あらかじめ用意していた軍手をはめ、確実に本件家屋を全焼させるために、灯油の入ったビニール袋を本件家屋各所に配置した上で、その内二か所に放火し、犯行後は勝手口に鍵を掛けるとともに、門扉が開かないように針金で留めるなどしており、本件保険金目的の詐欺についても、被告人橋本が損害保険代理店を被告人斎藤に紹介し、本件家屋及び家財について高額な保険契約を締結させ、放火後は被告人斎藤とともに損害保険会社まで直接赴いて火災保険金の支払いを請求しており、その犯行態様はいずれも非常に悪質であるともに、放火のプロを装い、共犯者である被告人斎藤から放火の報酬等として二四五一万円もの金員を取得していることに照らすと犯情は非常に重いというべきである。

被告人斎藤も、被告人橋本の指示に従っていたとはいえ、放火のためにポリ缶、灯油を準備し、被告人橋本とともに、事前に消火栓、消火水槽をボンドで固めるなどし、放火当日、アリバイ作りのため沖縄旅行に行くなどしており、本件保険金目的の詐欺についても、自己の利益を図るため多数かつ多額の保険契約を締結し、積極的に保険金の請求をしており、その犯行態様は悪質である。

さらに、本件のごとき保険金目的の放火及び保険金詐欺は、それを模倣した犯罪を誘発するなど社会的影響が大きいこと、本件放火により、抵当権者らは物的担保を失うに至っていること、本件火災により、延焼の危険を生じさせ、近隣住民に多大な恐怖感を与えたことに鑑みると、被告人橋本の刑事責任は非常に重いといわざるをえず、被告人斎藤は被告人橋本の本件会社を舞台とした金儲けに利用された面は否定できないとしても、その刑事責任もまた重いというべきである。

三  被告人らに有利な情状について

被告人橋本の取り込み詐欺については、被害者の一部との間で示談が成立していること、被告人両名の保険金目的放火、保険金詐欺未遂については、本件家屋は現住建造物であるとはいえ、その住居性は比較的薄く、本件家屋の居住者は放火当時旅行中であったことから、本件の放火により人の生命・身体に対する侵害の危険性は比較的低く、また、現実化するには至らなかったこと、保険金詐欺については幸い未遂に終わっていること、被告人斎藤は、自らの資産の全てとその経営する会社の営業資金及び本件の発覚により退職した実父の退職金等から金銭を工面して、本件家屋の一番抵当権者に対しては一一七〇万円を、二番抵当権者に対しては六〇〇万円をそれぞれ支払って示談し、相手方の宥恕を得ていること、被告人両名は本件各犯行について犯罪事実を認めるなど反省の情を示しており、とりわけ被告人斎藤においては反省の情が顕著であること、被告人斎藤は、太宰府市への贖罪寄付をし、阪神大震災被災者へ義援金を贈っていること、被告人橋本についてはその妻が、被告人斎藤については、その妻及び実父がそれぞれ監督を誓っていること、被告人両名ともさしたる前科はないことなど被告人両名にとって有利な事情もそれぞれ存する。

四  結論

以上、被告人両名にとって有利不利な一切の事情を総合的に考慮して、被告人橋本については、主文程度の実刑が相当であり、また、被告人斎藤については、犯罪そのものは実刑相当の事案であるが、犯行発覚後、被害弁償その他の考えられるあらゆる方法によって反省の態度を示し、自業自得の面はあるものの、被告人橋本から多額の金員をしぼり取られるなど、この種犯罪が割に合わないことを身を持って示し、既に相当程度の制裁を受けていると評価できることを併せ考えると、今回に限り、刑の執行を猶予するとともに、保護観察に付し、社会内での自力更生の機会を与えるのが相当であると判断し、主文の刑の量定をした次第である。

よって、主文のとおり判決する。

(求刑・被告人橋本・懲役八年、被告人斎藤・懲役六年)

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